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ブラタモリ・トレース/仙台・四ツ谷用水(新編1) [散歩会]

2016/05/12(木) 実施

たいへんご無沙汰しました。特に理由はないのですが、SO-NETの活動をしばらく休止していました。
 また、昨年11月29日にアップした、ブラタモリ・トレース/仙台・四ツ谷用水(その2)は、完結しないまま現在に至って居ります。
 今回、改めて、四ツ谷用水の取水口から本流洗い場跡、さらに壱弐参(いろは)横丁の井戸、うなぎ屋と名掛丁の用水支流跡を取材しましたので、紹介致します。
今回の、ブラタモリ・トレースは、昨年同様、同級生との散歩会として設定しました。

#01、JR仙山線葛岡駅(仙台市青葉区葛岡)
#01仙山線葛岡駅・四ツ谷用水関連施設003B.jpg
最初の目的地「四ツ谷用水取水口」には、JR葛岡駅が便利そうだったので、ここを集合場所にしました。無人駅でトイレが無く、ちょっと困りました。
駅舎上方のシートの被っている所がホームで、現在改装中とのこと。

#02、ブラタモリ・トレース四ツ谷用水関連地図(葛岡駅→四ツ谷用水沈砂池)
#02四谷用水関連地図1D.jpg


#03、四ツ谷用水取水口(TV番組ブラタモリより)
#03四谷用水取水口TVブラタモリより.jpg
放送日2015年7月11日(土)NHK
本画面で、草ナギ剛さんのナレーションあり・・・
「タモリさんがやって来たのは、四ツ谷用水のスタート地点。ここから、四ツ谷用水を辿ると、政宗が地形マニアだったことが、良くわかるんです。」

#04、四ツ谷用水取水口(実写)
#04四ツ谷用水取水口四ツ谷用水関連施設004C.jpg
この施設の正式名称は「宮城県工業用水道事業所第六取水口(四ツ谷ぜき用水)」というらしい。
住所・・・仙台市青葉区郷六龍澤(葛岡駅から、徒歩900m)

タモリさん一行は、この門から入場したが、我々一行は許可を取っていないので、塀の左脇の山道のようなとこから降りて行きました。

#05、四ツ谷堰(TV画面より)
#05四ツ谷堰TVブラタモリより.jpg
一番手前の方が、仙台市教育委員会木村浩二さん、その前が、日本スリバチ学会会長 皆川典久さん、その前が、桑子アナンサー、その前がタモリさん(左肩のみ見えている)。

#06、四ツ谷堰(実写)
#06四ッ谷堰四ツ谷用水関連施設007B.jpg


#07、四ツ谷堰の水の流れ
#07四ッ谷堰から取水口への流入路四ツ谷用水関連施設009.jpg
写真で上の矢印の先に取水口があります。
余った水は、下の矢印のように、本流に戻ります。

#08、四ツ谷用水取水口
#08四ッ谷用水取水口四ツ谷用水関連施設011.jpg
#07同様、右方向へ行く水が工業用水となります。手前の余り水は本流に戻ります。
(本写真のみ、平28年10月26日撮影)

#09、四ツ谷用水取水口の設備
#09四ッ谷用水取水口の設備四ツ谷用水関連施設013B.jpg
結構な規模の設備が設置されています。

#10、四ツ谷用水沈砂池付近(TV画面より)
#10四谷用水沈砂池TVブラタモリより.jpg
先程の取水口から徒歩800m地点。
四ツ谷用水は、約400年前、伊達政宗が、毛利藩にいた川村孫兵衛の手腕を買い、伊達藩に呼び寄せ、掘削を依頼し完成した。
当時から、昭和30年代までは、トンネル部分以外は開渠構造であったが、昭和30年半ば頃から堀の上に蓋がかぶされて、暗渠化が進んだ。
この辺(青葉区郷六字館)でのみ、四ツ谷用水の開渠構造が見られます。

写真で不鮮明ですが、画面右手、ガードレールのすぐ先に、沈砂池があります。

#11、宮城県工業用水道沈砂池(門と看板)
#11四ツ谷用水沈砂池四ツ谷用水関連施設025B.jpg


#12、「四ツ谷用水の開水路と沈砂池」の説明板
#12四ツ谷用水関連施設027C.jpg
説明板の文章をテキストにそのまま落としました。

『四ツ谷用水』の開水路
伊達改宗公は城下町仙台を開くにあたって、生活用水,消火用水、農業用水等として必要な水をここ広瀬川の郷六から引き入れ、八幡から北六番丁を流れて梅田川に注ぐ本流と、途中の三つの支流を分岐して仙台城下に広く流しました、これが「四ツ谷用水」です。
最初の川水の取り入れ口は伊達家の別荘である「郷六御殿」の近くで、現在の「北堰」(三居沢発電所の取水堰)のあたりにあって「古堰」と言われていました。
約800m上流の現在の「四ツ谷堰は明治10年代に造られ、1号隧道(トンネル)を通ってここまで来ています。
この場所は藩政時代の「四ツ谷用水」の流れを見ることのできる唯一の場所です。
現在は工業用水道として使用されております。
沈砂池とは砂を除去するための工業用水道の施設です。

平成26年12月「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会

#13、宮城県工業用水道沈砂池全景
#13四ツ谷用水沈砂池四ツ谷用水関連施設022B.jpg
画面左が沈砂池、右側は四ツ谷用水の開渠部。

#14、木村氏のしぐさもトレース
#14四ツ谷用水沈砂池付近で4四ツ谷用水関連施設023B.jpg
木村氏の説明
「緑のきれいな森の手前を広瀬川が流れています。広瀬川の本流に沿って四ツ谷用水をずっと流しているという感じです。」

#15、四ツ谷用水唯一の開渠部分(1)
#15四ツ谷用水唯一の開渠部分四ツ谷用水関連施設021B.jpg
右側が上流方向(沈砂池)
非常にゆっくりした流れです。

#16、四ツ谷用水唯一の開渠部分(2)
#16四ツ谷用水唯一の開渠部分四ツ谷用水関連施設020B.jpg
手前が上流側、向こうが下流方向。

#17、聖沢掛樋(作並街道)
#17聖沢掛樋四ツ谷用水関連施設031B.jpg
四ツ谷用水は、その名の由来ともなっている、四つの谷を越えて仙台城下まで流れて行きます。谷越えは、木の樋を使って越えました。この樋を掛樋(かけひ)と言います。
画面一番右が、作並街道、中央が作並街道(旧道)。旧道の左側に掛樋があります。

#18、聖沢掛樋の位置図
#18四ツ谷用水関連地図2.jpg
聖沢掛樋は青葉区八幡6丁目で、先程の沈砂池から、約2km下流にあります。
四つの大きい谷とは、上流から、針金沢、聖沢、鶏沢、へくり沢です。針金沢は、先程の沈砂池の東方約100m程の所にあります。
ここ聖沢は、2番目の谷で、一番深い谷です。

#19、聖沢掛樋を散歩会メンバーが見学
#19聖沢掛樋四ツ谷用水関連施設036B.jpg
現在、樋(掛樋)がオープンの状態で見られるのは、ここだけです。
建設時の樋の大きさは、幅5尺(1.5m)×高さ5尺(1.5m)で松の木で出来ていました。
現在は、工業用水のため、コンクリート製です。

#20、聖沢掛樋をタモリさん一行が見学
#20聖沢掛樋TVブラタモリより.jpg
番組より
タモリ氏「これ(用水)渡っていますね!上を!」
桑子アナ「ほんとだ!」
皆川さん「ローマの水道橋みたいでしょ」
タモリ氏「これ、谷、深いんだ!」

#21、聖沢掛樋と聖沢川
#21聖沢掛樋四ツ谷用水関連施設038B.jpg


#22、聖沢掛樋を下流より望む
#22聖沢掛樋四ツ谷用水関連施設039B.jpg


#23、聖沢掛樋の説明板
#23聖沢掛樋四ツ谷用水関連施設034B.jpg
一般的に、この類の説明板は、自治体又は教育委員会が設置しますが、この説明板は、民間のグループで設置しています。
(続く)
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ブラタモリ・トレース/仙台・四谷用水(その2) [散歩会]

2015/10/25(日)取材

前回は、仙台の特徴的な地形の「へくり沢」について紹介しました。
今回は、いよいよ、四谷用水を辿るコースを歩きます。

#17、仙台市青葉区八幡1-3-15にある、八幡町(はちまんまち)の紹介説明板
#17A散歩同期会・八幡1-3-15・13時30分B.jpg
へくり沢から、四谷用水に向かう途中にある説明板。
説明板には「私たちの八幡町」と題する、この町の歴史や、現在の新しいまちづくりの取り組み等について書かれています。(詳細割愛)
手前の石は、仙台城の石垣に使われた石。
(これは、ブラタモリの番組とは無縁です)

#今回の探索コースの地図と写真撮影ポイント
#17Bブラタモリトレース仙台地形と用水その2地図B.jpg


#18、由緒あるお店が残る作並街道(青葉区八幡4-1-6付近)
#18ブラタモリトレース八幡4-1-6付近13時49分B.jpg
このお店は、味噌・醤油のお店で、現役で営業しています。
(これは、ブラタモリの番組とは無縁です)

#19、八幡4-1-13を右折四谷用水に向かいます
#19ブラタモリトレース八幡4-1-13を入る13時51分.jpg


#20、狭い道を北上
#20ブラタモリトレース・八幡4-1-12・13時53分.jpg
この辺から、番組ブラタモリの四谷用水の探索が始まりました。この辺は、奇しくも、今回の散歩会に同行した同級生の家の前でした。

#21、タモリさん一行四谷用水へ向かう
#21ブラタモリトレース・八幡4ー1-21P169B.jpg
草なぎ剛ナレーター:「続いては、仙台の町中へ。この辺りの用水は、現在蓋をされ、暗渠になっています。暗渠を辿れば、政宗が城下町に水を行き渡らせるために地形をうまく利用したことが分かるんです。」

タモリ:「普通の人は真っ平な町だと思っているんですよね。」
皆川さん:「実は河岸段丘の段差もあり、この先がそうですね!」
タモリ:「この上が上町で、一番上の台地ですね。ということは四谷用水はこの上を通っていたと言うことですね。」

#22、四谷用水跡(暗渠)(八幡4-10-1)
#22ブラタモリトレース四谷用水・八幡4ー10ー1・14時00分B.jpg
皆川さん:「四谷用水の痕跡が残っています。探して下さい!」

#23、タモリ:(暗渠を指さして)「これがあやしいですね。」
#23タモリ四谷用水跡発見P169C.jpg


#24、タモリ:「道幅に対し、片方が異常に広い歩道があると言うのは、大体川の跡なんです。」
#24タモリ暗渠の解説P170C2.jpg
桑子アナ:「ここですよ正に!」
皆川さん:「間違い無いですよね。」

#25、青葉区八幡4-11-11付近
#25四谷用水・八幡4-11-11付近14時01分%08.jpg
タモリ:「あっ!(四谷用水は)この下だ・・・」
皆川さん:「ガードレールの向こうです。」
木村さん:「これが蓋みたいなものですから・・・(用水は)下に流れていますよね!」
皆川さん:「まさに台地の縁(へり)なんですね。台地の際を流れている・・・」

#26、四谷用水と仙台の地形についての解説
#26四谷用水流路解説P172C2.jpg
草なぎ剛ナレーター:「仙台の城下町は、北西が高く南東に向かって、緩やかに傾斜しています。政宗は、水を遠くまで届けるため、なるべく高い場所を、つまり段丘の縁(へり)の部分に四谷用水を通したんです。」

#27、四谷用水・八幡4-11-21付近
#27四谷用水・八幡4-11-21付近P0174B.jpg
桑子アナ:「縁を歩くっていうのは良いんですか?」
タモリ:「縁は大好きですよ!何でもですね、縁は・・・、ヒラメでもエンガワが旨い!!」
一同:「笑い」

#28、四谷用水・八幡4-11-21付近
#28四谷用水・八幡4ー11ー21付近14時03分.jpg
皆川さん:「ここが、仙台市の縁なんです。市街地が、あっち(画面左方)に広がってます。」
木村さん:「「城下町がここから広がるんです・・・」

#29&30、四谷用水標示ポール(八幡4-11-27付近)
#29四谷用水説明ポール・八幡4-11-27付近14時04分B.jpg

#30四谷用水説明ポール・八幡4-11-27付近14時04分B.jpg
四谷用水を説明するポールが立っていたが、極く最近設置されたものの様である。

以下このポールに記載された文章を紹介します。
「<正面>「四谷用水」本流跡

<右側面>仙台藩祖伊達政宗公は、城下町に必要な水を広瀬川上流の郷六から引きました。「四谷用水」と言われ、ここはその本流の跡です。

<左側面>本流をこのような高台に流し町中に水を分流しやすいようにしました。当時として素晴らしい知恵と技術だったと言えます。」

#31、タモリさん、女子2名と出会う(八幡2-13-12付近)
#31四谷用水・八幡2-13-12付近14時06分.jpg
皆川さん:「縁(へり)ガール来ました。」
タモリ&女子お互いに:「こんにちは!」
タモリ:「縁は好き?」
桑子アナ(女子に向かって):「あやしいこと言って、ごめんね!」

#32、八幡2-13-12付近
#32四谷用水・八幡2-13-12・14時05分E.jpg
タモリ:「このアパート良いよね。」
皆川:「これ、暗渠沿いで、リバーサイドアパートメントですね」
皆川:「ナガヤ アートメント ハチ」と書いてありますね。」

#33、タモリ(リチャード・ギアの物まねで):「HACHI!!」
#33四谷用水アパートメントHATI.jpg

(続く)


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ブラタモリ・トレース/仙台・四谷用水(その1) [散歩会]

015/10/25(日)取材

仙台に帰省、数日滞在することになったので、その間に、仙台でブラタモリ・トレースをすることを計画しました。
ブラタモリ・トレースとはNHK・TVの番組「ブラタモリ」でタモリさん一行が歩いたのと同じコースを辿るという実に安易な企画の散歩会です。散歩会の後は例によって飲み会をするという言う計画を立て、中学同期のメーリング・リストで募集を
掛けました。その結果5名の方が参加することになりました。しかし、飲み会の募集の時には、見られなかった、非参加者からのコメントがいろいろありました。その中で、女性の同級生から、驚くべき内容のコメントがありました。※この内容は(その2)以降でお伝えします。
 さて、今回のブラタモリ・トレースは、平成27年7月11日放送のブラタモリ・仙台の地形と用水から、その一部を辿ることにしました。

#01、NHK・TV番組「ブラタモリ・仙台の地形と用水」からの画像
$01Pブラタモリ仙台タイトル.jpg
撮影地点は仙台駅近くの「中央一丁目」交差点。
※以下、本ブログで、TV画面から転載の画像は、水色の枠で囲みます。

#02、番組出演者
$02仙台1出演者.jpg
右から、タモリさん、案内人の木村浩二さん(仙台市教育委員会)、桑子真帆アナウンサー(青葉城址にて)

#03、案内人・・・木村浩二さん
$03仙台1案内人P999.jpg


#04、「ブラタモリ・トレース/仙台の地形と用水(1日目)」トレース行程地図
$04ブラタモリ・トレース1日目地図.jpg
ブラタモリの番組ホームページ掲載の地図をベースに作成しました。
赤線が番組で放送された、タモリさん一行が歩いたコース、青矢印は、今回きたろう一行が辿ったコース。

#05、同上拡大図(今回ブログで紹介する部分)
$05ブラタモリ・トレース1日目その1地図.jpg
今回(その1)紹介するのは、仙台市街地の西部にある、へくり沢と呼ばれる地域です。特異なスリバチ状の地形で、広瀬川のすぐそばにありながら、伊達城下としての発達当初には、水にはめぐまれない地域でした。

※地図上、赤の、⑥、⑦、⑧・・・・は、以下に掲載する画像の#06、#07、#08・・・の撮影地点(方向)と対応します。
今回きたろう一行は、都合で、タモリさん一行が辿ったのと逆方向で辿りましたが、写真の掲載順は、ブラタモリの辿った順に掲載致します。

#06、ブラタモのロケ隊一行(へくり沢傍の道路にて)
$06深い谷への入り口P135.jpg
画面中央の白い案内板を左に入ったところがへくり沢です。
※画面に写っているのは、ほとんどがロケ隊の皆様と思われます。(出演者を含め13~14名?)

#07、へくり沢入口から、広瀬川の方を望む。
$07へくり沢広瀬川へ放流1312.jpg

※以下、水色枠の無い写真はきたろうオリジナルの写真です。

<番組のトーク>
草ナギ剛(ナレーター):「水を手に入れるのも一苦労という川と町の高低差を実感出来る場所なんです」
タモリ:「あ~~、ほんと、川が見えるわ!」
桑子アナ:「すぐ近くなんですね」

※きたろう注
ここは、へくり沢の沢水が広瀬川にそそぐ地点で、現在沢水は暗渠となっています。撮影した道路(面)と広瀬川の水面の高低差は約5mあり、広瀬川の水は利用しずらい。
さりとて、へくり沢の沢水は、恐らく水量が安定せず、江戸時代、沢水の利用は一部に留まったものと思われます。

#08、へくり沢入口
$08深い谷への入り口1311.jpg
木村さん:「ちょっと左手に入って頂くと・・・」

#09、へくり沢の崖
$09へくり沢のスリバチ地形1310.jpg
タモリ:「崖がありますね~!」
木村さん「もう少し行くとですね~、両側に崖があり、15m以上、川から見ると20m以上の落差ですから、すごい崖です」

※きたろう注
きたろうは仙台出身ですが、この地域に来たことはありませんでした。他の同級生もはじめて来たと言っていました。へくり沢の前の道路(#06の道路)を通ったことは何度かありますが、へくり沢内の道は、袋小路になっているので友人・知人・親戚でもいない限り、ここを通ることは無いわけです。

画面左奥の高い建物は、ライオンズタワー(仙台広瀬)で、目立つ建物なので、今回の散歩会の集合場所にしました。

#10、さらなる案内人登場
$10案内人皆川典久さん.jpg
東京スリバチ学会会長・皆川典久さん
草ナギ剛ナレーター:「週末ごとに、仲間と共に、全国の谷を飛びまわる、正に旅マニア。タモリさんとも知り合いです」

※きたろう注
この方は、以前タモリ倶楽部を見ているときに、出演していました。

#11、皆川さんのへくり沢の解説
$11暗渠の上を歩く.jpg

皆川さん:「ここが正に、両側が崖に囲まれたすり鉢状の谷なんですね。へくり沢と言って、仙台城下でも非常に特徴的な谷の地形です。ここがほぼ一番低い所で、川筋・川跡に近い所です。」
タモリ:「ここひらたいですよね?」
皆川さん:「かなり(谷を)埋めていますから、(平らになっています)。私は谷マニアでもあり、暗渠マニアでもあります。」
桑子アナ:「暗渠ということはこの下は川ですか?」
皆川さん:「川が今でも流れています。昔は、堰き止めて、冬場は凍るんでスケート場として使ったりしていました。」
タモリ:「それは、そのままにした方が良かったのに」
(一同笑い)

※きたろうはこのことは、知識としては知っていました。それは、学校の文集で誰かが、「ここでスケートをした」という作文を書いていたからです。

#12、へくり沢をつなぐ土橋
$12へくり沢に架かる土橋1307.jpg
皆川さん:「前方を谷を塞ぐように斜面が見えるのが分かりますか?」
木村さん:「車が通ってますでしょ」
皆川さん:「このへくり沢を越えるために、17世紀に作られた土の橋、土橋なんですね。」

草ナギ剛(ナレーター):「土橋の上に見えるのが、お城に繋がる道。これだけ高低差があると、水を手に入れるのも大変ですね。」

#13、へくり沢近辺の地形の立体模型
$13へくり沢近辺立体模型.jpg
今までの地図、画像だけでは、へくり沢のイメージが湧かないと思いますで、外部ブログを探したところ、この立体模型を見つけましたので参考のために転載致しました。
(「仙台人が仙台を好きになるブログ」より転載。

※きたろう注:
手前の水面を水色に塗った川が広瀬川、そこから左上に切れ込んだ谷がへくり沢。へくり沢に架かる橋が土橋である。

#14、へくり沢全景
$14散歩同期会151025_130539_0.jpg
(#12)の斜面を登った途中から振り返って、へくり沢を眺めたところ。

#15、土橋の上の面(道路)からへくり沢を望む
$15散歩同期会15125_132455_0.jpg
木村さん:「今、城下町の上の面に辿りつきました。この落差分、毎日世适用水と飲料水を運び上げるのは、大変ですね。町全体に、水を行き渡らせる、住民のための用水が四谷用水です。」
草ナギ剛(ナレーター):「四谷用水は400年前、水不足を解消するために、伊達政宗が作りました。実は仙台の地形を知り尽くした伊達政宗だからこそ作れたんですね。」
※きたろう注
ここで、番組は、へくり沢のコーナーは終了しましたので、本ブログも中断します。

#16、土橋の上の道
$16散歩同期会151025_132256_0.jpg
先程の#15の所から少し南に下った所です。
実は、この道は、きたろうが小学校、高校、大学(1・2年)と通った道で、大変なつかしい場所(道)です。
左側の大きなお屋敷は、その当時とほとんど変わっていません(塀は綺麗になったが)。右側は尚絅学院の石垣で、この石垣も変わっていません。
(1日目その1・END)



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散歩会→ブラタモリ・トレース(鎌倉Ⅱ) [散歩会]

ブラタモリ・トレースの散歩会(鎌倉)の続きです。

今回は、ブラタモリでまわった「鎌倉の大仏」、「鎌倉高校前の新名所」、「江の電が一般道路上を走る」について、TV画面と実際に撮影の写真を対比しながら紹介致します。

#22、ブラタモリ行程地図(鎌倉大仏)
$22鎌倉会散歩0.jpg


#23、高徳院(大仏のある寺)山門
$23高徳院山門131816.jpg
ブラタモリで、ここのシーンは俯瞰撮影で、サラっと流していました。

#24、高徳院・山門にある像
$24高徳院山門131837.jpg
ブラタモリでは放送無し。大仏がメインなので割愛したものと思われます(きたろうも、製作年、作者等未調査)。

#25、大仏に向かうタモリ一行
$25高徳院境内.jpg
左から桑子アナ、タモリ、三浦さん(案内人=長谷寺の学芸員)
タモリは、鎌倉の大仏を見るのは、初めてとのこと。

#26、鎮座する鎌倉の大仏
$26鎌倉の大仏ア132320.jpg
「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」・・・・・晶子(与謝野晶子)

#27、大仏を見上げる
$27鎌倉の大仏イ133158.jpg
お供えものは、夏らしくスイカでした。

#28、覆い堂の礎石
$28大仏覆堂の礎石.jpg
桑子アナと三浦さんの間に見える石は、かつて、大仏を覆っていた建物の柱の土台の石とのこと。
現在、参拝者は、それとは知らずに座っています。

#29、大仏の足元の蓮弁
$29蓮弁133507.jpg
本来なら、大仏の周囲全部におかれているはずであるが、4つしかなかった。

#30、同上TVのシーン
$30蓮弁を見るタモリ一行.jpg
三浦さん談「江戸時代に、一生懸命直したんですが、出来あがったのは4枚だけで、終わってしまいました。一枚作るだけでも相当お金が掛ったので・・・」

#31、蓮弁に刻まれた寄進者の名簿
$31蓮弁拡大133537.jpg
村毎に名前が書かれていました。

#32、大仏様は、失礼ながら、かなりの猫背でした。
$32鎌倉の大仏ウ134913.jpg


#33、「鎌倉高校前」駅のホームで
$33鎌倉高校前ホーム.jpg
電車が発車した後に指先確認をするタモリ。その動作は、なかなか様になっていました。

#34、鎌倉高校前駅下車
$34鎌倉高校前駅142241.jpg
左に江の島が見えます。

#35、アニメファンの間で、新名所となった交差点(=鎌倉高校前交差点)
$35鎌倉高校前交差点.jpg
「スラムダンク」というアニメのオープニングがこの交差点の景色に似ているということで、アニメファンが写真を撮りに来るようになった。

#36、同上
$36鎌倉高校前の交差点142457.jpg
この日も、何の変哲もない交差点に、数十人の人々が集まっていました。

#37、サーファーのバイク
$37鎌倉高校近辺サーファーのバイク142646.jpg
サーフボードをバイクに積むためのステーが付いている。

#38、江の島駅周辺の地図
$38鎌倉会散歩3.jpg


#39、江ノ電・江ノ島駅
$39江の島駅153524.jpg


#40、江ノ電・江ノ島駅前を歩くタモリと桑子アナ
$40江の島駅前付近.jpg


#41、江ノ電が、一般道路上を走る区間にやって来たタモリ一行
$41江の電路面走行.jpg
右:案内人=江の電ファンクラブ初代会長:野口雅章さん

#42、現在唯一、江ノ電が一般道路上を走る区間
$42路面を走る江の電144841.jpg
信号は無く、警備員が交通整理を行っていた。

#43、同交差点に面した「江ノ電マニア」の店
$43最中店(扇屋)ア144934.jpg


#44、お店に立ち寄るタモリ一行
$44最中店(扇屋)イ.jpg


#45、看板商品は「江ノ電もなか」
$45最中店(扇屋)ウ145238.jpg
お店の名前は扇屋。右は、かつて、実際に走っていた電車の車体である。

#46、この後、ブラタモリのコースをはずれ、江の島の方へやって来ました。
$46鎌倉会150808_152432.jpg
しかし、この日は30°を越える猛暑で、時間も時間なので、ここで散歩は打ち切りとし、再び江の電に乗り、鎌倉駅まで帰りました。
END

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散歩会→ブラタモリ・トレース(鎌倉Ⅰ) [散歩会]

 今回の散歩会は、NHKの人気番組「ブラタモリ」のタモリと桑子アナが歩いた行程を、そのままそっくり踏襲するという、実に安易な企画をたて実践してきました。
モデルとしたコースは、去る5月23日放送の「鎌倉の観光」です。

#01、ブラタモリホームページ(鎌倉の観光)
$01鎌倉会散歩0.jpg


#02、江の電極楽寺駅で下車、ここから出発しました。
$02極楽寺駅122236.jpg


#03、極楽寺山門を指さすタモリ
$03極楽寺近辺.jpg
タモリ:「そこが極楽寺ですか・・・」

左:長谷寺学芸員三浦さん、右:桑子アナ。

#04、極楽寺・山門
$04極楽寺山門122424.jpg


#05、極楽寺切通し
$05極楽寺切通しア122627.jpg


#06、極楽寺切り通しの変遷1
$06極楽寺切通しイ.jpg
江戸期、極楽寺切り通しは、このような感じであった。

#07、極楽寺切り通しの変遷2
$07極楽寺切通しウ.jpg
時代が下がるにつれ、切通しは徐々に掘り下げられ、最終的に現在の路面まで削られたとのこと。

#08、路面が削られた歴史の痕跡を確認する(成就院参道)
$08成就院参道ア.jpg
タモリ:「ちょっと、行って見ますか・・・」

#09、成就院参道1
$09成就院参道イ122743.jpg


#10、成就院参道2
$10成就院参道ウ.jpg
ここの路面の高さが、江戸時代の切通の路面の高さに相当するとのこと。

タモリ:「ここだったんですよ・・・」

#11、成就院の結界門
$11成就院参道エ122848.jpg
成就院の山門はさらに奥にあります。

#12、成就院山門の前
$12成就院前(参道最高点).jpg
階段の頂上は成就院の山門の前になります。

桑子アナ:「良い眺めですね~~これは・・・」

#13、由比ケ浜方向を望む
$13由比ケ浜を望む123411.jpg


#14、長谷寺への道標1
$14長谷観音への道標.jpg
三浦さん:「是非、読んで頂きたいとこがあるんですが・・・」

#15、長谷寺への道標2
$15江戸時代からの道標124240.jpg
江戸時代からある長谷寺への案内の道標
「はせくあん音へ之道」と刻んであるとのことですが・・・

#16、江戸時代から続く茶屋(=力餅家)
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この餅屋でブラタモリ番組上初めて、タモリと桑子アナと案内人の方が力餅を賞味することになりました。

#17、権五郎力餅
$17力餅家のあんこ餅192013.jpg
力餅10コ入りを土産として購入ました。製法は江戸時代から変わっていないとのことで、あんこはすっきりした甘味でお餅は素朴な味わいでした。

※お餅の上に薄いフィルムがはってありますが、これを取り忘れて撮影してしまいました。

#18、力餅を賞味する、御一行様
$18力餅を賞味.jpg


#19、お餅屋の向かいはサーファーのお店で対象的でした。
$19サーファーの店124939.jpg


#20、長谷寺前にて
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三浦さん:「こちらが、私が勤めさせて頂いている長谷寺になります。」

#21、長谷寺山門
$21長谷寺130108.jpg
三浦さん:「この赤ちょうちんが目印になります。」

(続く)



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ミレー展と皇居東御苑散策 [散歩会]

2014/12/10(水) 取材

散歩会2014年12月10日12時30分~
今年最後の散歩会を実施しました。まず、三菱一号館美術館で開催中の「ボストン美術館ミレー展」で絵画鑑賞しました。

美術館入り口
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展示絵画の一部紹介
#03絵1P1030897A.jpg

貸出の「音声ガイド」用のシートのコピーです。
音声ガイドで案内のある絵画は、全64点中19点です。
音声ガイド装置は、520円で貸し出しています。
絵の展示の脇に書いてある解説以上の説明やエピソードが音声で聞かれます→お薦めです。

※本展示は来年の1月12日迄とまだ会期中なので、紹介した絵は”ぼかし”をかけています。
#04絵2P1030897B.jpg

#05絵3P1030897C.jpg

#06絵4P1030897D.jpg
展示を見終わって、何か物足りなさをを感じました。そうです、ミレーの有名な「落ち穂拾い」が展示されていませんでした。「落ち穂拾いは」ボストン美術館のコレクションには無いのですね。

美術館3Fから中庭を望む
#07中庭P1030899.jpg

#08P1030901C.jpg


美術館の後、皇居東御苑内を散策しました。
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先週、皇居乾通りの特別公開がされていましたが、東御苑は、乾通りの東側に位置します。
#10P1030904.jpg

日没前の最後の夕陽に紅葉が照らされています。
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#12P1030909.jpg

東御苑北側の平川門から退出しました。
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#14P1030918.jpg

散歩会の忘年会
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END

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散歩会、武相荘(旧白洲次郎の居宅)の見学 [散歩会]

2014/10/04(土) 取材

町田市能ヶ谷にある武相荘(ぶあいそう)に行って来ました。(最寄駅は、小田急線鶴川駅)

武相荘は、白洲次郎が昭和18年から、妻の正子さんと住んだ家です。
白洲次郎は、戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたりましたが、GHQ側の印象は「従順ならざる唯一の日本人」と言われたように、敗戦した日本のなかで、日本人の誇りをたもった、骨のある人物です。
 同時に、「最初にGパンを穿いた日本人」ともいわれ、ダンディな男でもありました。
数年前、NHKのドラマに取り上げられ、一般大衆に広く知られるようになりました。

#00、武相荘パンフレット表紙他
#00Bパンフレット.jpg
パンフレットの表紙は、長屋門の手前から母屋を望む写真を掲載しています。
 またパンフレット三つ折りの、内側の扉に、次郎の娘さんの「ごあいさつ」(#00の右半分)が掲載されていますが、その一部をテキストでも表示します。
                
「<白洲邸武相荘オープンにあたって>父・白洲次郎は、昭和十八年(1943)に鶴川に引越して来ました当時より、すまいに『武相荘』と名付け悦にいっておりました。武相荘とは,武蔵と相模の境にあるこの地に因んでまた、彼独特の一捻りしたいという気持から無愛想をかけて名づけたようです。

<中略>

 六十年近く一度も引越しもせず、幸か不幸か生来のよりよくする以外現状を変えたくない、前だけ見て暮したいという母親の性格のせいか武相荘は、それを取りまく環境を含めほとんど変っておりません。
 このたびいろいろな方々の御力添えによって、過ぎ去っていった時代を皆様にも偲んで頂きたく、旧白洲邸武相荘を2001年10月にオープンいたしました。         牧山桂子」

#01、武相荘入口(1)
#01旧白洲邸入口P1030339.jpg
現在、駐車場と武相荘入口は、敷地の西側にあります。以前入口は敷地の東側にありました。今年の6月に駐車場を設置しましたが、これに伴って、入口も西に移動したようです。

#02、武相荘入口(2)
#02門P1030340.jpg
武相荘の駐車場の入り口は、牧山家(※)の入り口でもある。

※白洲次郎の娘の牧山桂子さんと旦那さんは武相荘の西側の別棟に住んでおられます。

#03、武相荘入口(3)
#03内門P1030341.jpg
駐車場の東側の出入口。

#04、武相荘へのアプローチ
#04アプローチP1030342.jpg


#05、チケット売り場から長屋門を望む
#05旧馬小屋P1030355.jpg
武相荘は、農家を買い取り、改築して住んだとのこと。門の左手前は、現在、車庫と休憩所になっているが、かつては、馬小屋や農具置場に使われたものと思われます。

#06、次郎の愛車と同型車
#06愛車と同型車P1030343.jpg
この車は、1916年型ペイジSix-38という車で、次郎が17歳のときから乗りまわしていた愛車の同型車である。
ヴィンテージカーを展示している「ワクイイミュージアム」のご厚意で、ゆかりのある武相荘で展示している由。

※車の左の説明パネルの文章は、光の反射で読みずらいですが、分かる限り読み込んだ文章を、文末に掲示しました。

#07、同上運転席
#07P1030344.jpg
クラシックカーに詳しくないので、ハンドルの内側の楕円形のミニハンドルと右手の上向きのレバーが何の操作に使われるのか分からなかった。

#08、同上右から撮影
#08P1030352.jpg


#09、長屋門
#09P1030353.jpg
長屋門の右側の建物は、第2ギャラリー。

#10、お茶処
#10P1030351.jpg
9月からお茶処は改装工事の為、暫く、休みとのこと。
右側に一寸見える建物は第2ギャラリーで高床式建物です。

#11、母屋と第一ギャラリー
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左の建物が母屋で、右の建物の1階が第1ギャラリーとなっています。第1ギャラリーはビデオサロンとなっています。

#12、母屋(東側から撮影)
#12P1030346.jpg
母屋は、茅葺です。

#13、母屋(正面から撮影)
#13P1030347.jpg


#14、書斎
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室内は、書斎のみ撮影OKで、その他のところは、撮影禁止でした。
その他の部屋には、食器や着物が展示されていました。

#15、散策路
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建物の西側が小山になっていて、そこに周回路つけられていて、散策出来るようになっています。

数年前、白洲次郎のドラマが放映されていた頃は、多数の見学者があったそうです。この日は土曜日の午前中でしたが、来客は、我々を含め3組ほどで、じっくり見学出来ました。入場料は1,050円です。
 白洲次郎ファンの方、古民家ファンの方、是非訪れてみてください。
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展示車の説明文の解読結果
1916 PAIGE  Six-38 5-Passenger Car by Fleetwood
フリートウッド製5座席ツーリングカー

英国ケンブリッジ大学に留学する以前、神戸一中■■■■■■17歳の■■■■■■白洲■■■初め■買い与え■■■■■■■。

  同型車Six-38は、1915年大型口気筒モデル"Six一■■の縮小版で、主にオーナードライバー(運転手つきでなく)向けに制作されたモデルです。エンジンは水冷直列6気筒の3.7リッターを搭載しボディはのちにキャデラックと■■な■■をもつことになる名門ボディエ房フリートウッドが製作したもので■■■■■■スポーティな■■■て。

 そして当時としてはかなりモダーンなスタイル■■■■2008~9年に放映されたNHKドラマスペシャル■■■■■次郎出演のために、英国の名門クラブ"ヴィンテージ・スポーツカー・クラ■■■■■■■■■■■もの。車輪などのごく一部の例外を除いては、神戸時代の次郎が愛用していた■■■とほぽ同一の仕様となっており、少年期の次郎が当時最先端のモータリズムに惹かれた時代の息吹を生き生きと■■させる一台と言えます。

  この展示車は、白洲次郎が英国留学時代(1934~28年)に実際に愛用していた1924年型ベントレー■リッターと■■■吉田茂元首相が愛用していた1937Rolls-Royce25/30HPSporto Saloon等貴重なヴィンテージカーを展示していることでも知られる埼玉・加須「ワクイミュージアム」のご厚意により展示しています。

注)■・・・パネル面の光の反射で判読不能な部分(文字数も正確では無い)
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END

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台湾の珍なるデザート・愛玉子(オーギョーチイ) [散歩会]

2014/07/03(木) 取材
2014/07/21(月) アップ

7月の上旬の記事で、大分遅くなってしまいましたが、せっかく取材したのでアップします。

この日は、きたろうが世話役をしている、散歩会でした。メイン企画は、東京国立博物館で開催されている「台北故宮博物院・神品至宝」の見学です。
東京国立博物館のチケット売り場に行って、驚きました。なんと200分待ちでした。入場はあきらめて、この近辺、上野・谷中辺りの散策を行うことにしました。

メンバーの一人から「愛玉子(オーギョーチイ)」へ行こうとの提案があり、行きました。

#01、愛玉子(オーギョーチイ)お店外観
#01愛玉子店外観P088 88.jpg
※画面下半分のポスターは、はめ込み合成です。
國立故宮博物院 http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3100.htmlより引用

愛玉子は、台湾のスイーツで、その名前をそのまま店名にしていました。きたろうも何かの、TVの散歩情報番組で見たことがありました。

#02、愛玉子(オーギョーチイ)
#02愛玉子P081.jpg
これが愛玉子(オーギョーチイ)です。寒天状の本体は、無味で(ほんのわずかエグミのような異味あり)食感は、寒天とゼリーの中間のような食感(ゼリーの方に近い)でした。シロップはレモン系のシロップでした。ただ、残念なことに、このスイーツ全体が常温でなまぬるかったことです。台湾で、常温で出すのかどうかは分かりませんが、日本では、冷して出してもらいたいところです。

#03、愛玉子店内
#03愛玉子店内P087.jpg
昭和9年創業とのことです。

#04~05、愛玉子説明文
#04愛玉子説明文P083.jpg

#05愛玉子説明文2P084.jpg
何かの雑誌の切り抜きと思われる。これを、カード・ケースに入れて、テーブルの上に置いてあった。

#06、愛玉子の原料の木の実
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これを、水の中でもむと、粘液がが出て来て、これを寒天状に固めた物が愛玉子である。

#07、愛玉子説明文(メニュー)
#07愛玉子メニューP085B.jpg
愛玉子も400円(税込)でした。

#08、散歩会・記念撮影
#08愛玉子記念写真P080B.jpg


END
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下町クルーズ(日本橋川⇄隅田川⇄神田川)そのⅡ(復路) [散歩会]

2014/05/06(火) 取材

前回、往路からの続きです。
船は、聖橋の一寸上流でUターンしました。

#15-1、Uターン後聖橋を通過したところ(11時08分)
#15聖橋(下流より)B1108動画659.jpg
画面右上に覆いかぶさっている橋は、地下鉄丸ノ内線の鉄橋です。

#15-2、復路のコース図
#00クルーズ・コース図復路.jpg


#16、万世橋(下流より)(11時11分)
#16万世橋(下流より)B1111動画660.jpg


#17、柳橋を通過し再び隅田川へ(11時21分)
#17柳橋再び隅田川B1121動画662b.jpg
ここから隅田川下流へ向かわず、一旦上流へ舵を切りました。JRの鉄橋の先、蔵前橋の手前で、Uターンして下流へ向かいました。

#18、清洲橋と東京スカイツリー(下流側から)(11時33分)
#18清洲橋(下流より)B1133P695.jpg


#19-1、永代橋(上流から)(11時38分)
#19永代橋B1138動画668.jpg
船は永代橋を下流方向に通過してからUターンし、再び永代橋をくぐって日本橋川に向かいました。
 下流から上流に向けて永代橋をくぐった瞬間、はっとしました。本ブログのメインテーマ、広重の「名所江戸百景」の春の景「永代橋佃しま」(#19-2)を描いたアングルそのものであることに気付いたからです。

#19-2、歌川広重画・名所江戸百景・春四景「永代橋佃しま」
#19-2広重名所江戸百景春第四「永代橋佃しま」.jpg
歌川広重が安政四年(1857年)に永代橋の下辺りから佃島方向を描いた絵である。漁火は、白魚漁の漁火で、遠くに茅葺の家が2棟建っている所が佃島である。この時から150年~160年経過した今日の橋と建物の変化は正に隔世の感がします。

#20、日本橋川へ入り豊海橋(上流より)(11時39分)
#20豊海橋(上流より)B1139P701.jpg
再び、隅田川から日本橋川に入りました。

#21、湊橋(上流より)(11時41分)
#21湊橋(上流より)B1141P704.jpg


#22、鎧橋(上流より)(11時43分)
#22鎧橋B1143P1020705.jpg
画面奥の緑っぽい色の橋は、茅場橋。この辺りから、高速道が日本橋川の上に覆いかぶさって来ます。
鎧橋の辺りも、広重の名所江戸百景の舞台です。しかし、江戸時代ここに橋は無く、渡し船で両岸を結んでいました。「鎧の渡し小網町(夏四十六景)」(広重の絵は割愛します。)

#23、江戸橋(上流から)(11時45分)
#23江戸橋(上流から)B1145P706.jpg


#24、終点日本橋(下流から)(11時46分)
#24日本橋に到着B1146P707.jpg
ほぼ定刻どおりに日本橋乗船場に戻って来ました。「!」のマークは、「航行注意」の標識。

#25、日本橋の船着場に下船(11時50分)
#25乗船記念写真B1150P715 77.jpg

この後、日本橋・京橋方面へ史跡めぐりへ出発しました。

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下町クルーズ(日本橋川⇄隅田川⇄神田川)そのⅠ(往路) [散歩会]

2014/05/06(火) 取材

かねてから、乗って見たいと思っていた、下町クルーズに行って来ました。
きたろうが世話人をやっている、散歩会として企画しました。

#01、日本橋乗船場(9時13分)
#01日本橋乗船場B0913P687.jpg
乗船する船は、先着順で乗船するシステムなので、順番取りで早めに来ました。(まだ、船会社の係員しかいませんでした)

#02、コース図(小型遊覧船カワセミ)
#02日本橋川⇄神田川クルーズ・コース図.jpg
カワセミのコースは、日本橋乗船場を出発し、日本橋川をくだり、隅田川をのぼって、神田川に入り、聖橋付近でUターンして、日本橋に戻るというコースです。
図は 「下町っ子の上の空」さんのブログ
http://splash.blog.jp/archives/51932347.html)から、お借りしましたm(__)m

#03、「カワセミ」に乗船(10時25分)
#03小型遊覧船カワセミB1025P690.jpg
定員は約70名ほどとのこと。トイレはあります。

#04、日本橋を出発(10時31分)
#04日本橋(下流より)B1031P691E.jpg
10時30分定刻通り出発しました。このアングルから日本橋を見るのは、はじめてでした。
 やはり、首都高速の圧迫感を感じます。

#05、湊橋通過(10時36分)
#05湊橋B1036(下流より)動画647.jpg
首都高は、この橋のちょっと上流で右の方に曲がり、ここから首都高の圧迫から解放されます。

#06、豊海橋
#06豊海橋(隅田川から)B1038P699.jpg
日本橋川の最下流に架かる橋。ここから、隅田川をのぼっていきます。
※但し、この写真は、復路で撮影したものです。

#07、永代橋(10時39分)
#07永代橋(上流から)B1039P692.jpg
日本橋川から隅田川に入り、左へ90°曲がって隅田川をのぼって行きます。隅田川に入ると、船の揺れはやや大きくなります。
後方のビル群は、佃島の高層マンション群。

#08、隅田川大橋(10時40分)
#08隅田川大橋(上流から)B1040P693.jpg
船には、スピードメーターはないとのことであるが、小型船なので、水面が近く、揺れながら進む独特のスピードが心地よかった。

#09、清洲橋(10時42分)
#09清洲橋(上流から)B1042動画648.jpg
優美な、逆アーチの清洲橋。絵になります!!

#10、両国橋・総武線鉄橋&東京スカイツリー(10時52分)
#10両国橋&総武線鉄橋(下流から)B1052動画651.jpg
ここから、左へ進路を変えて、神田川を遡っていきますが、その前に、東京スカイツリーの眺望のためこの場所にちょっとの間停泊します。
 あいにくの、天気のため、東京スカイツリーは丁度展望台の辺りから上は、雲に隠れていました。

#11、柳橋(10時54分)
#11柳橋(上流から)B1054動画652.jpg
柳橋は神田川に入ってすぐの橋。この橋から次の浅草橋迄は、両岸に屋形船がびっしりと係留されています。

#12、万世橋(11時02分)
#12万世橋(上流から)B1102動画655.jpg
秋葉原電気街の南端にある橋。右側のレンガは、旧万世橋駅の、駅舎の一部で、1年位前からお店が入るようになった。
 この橋は、数年前まで、通勤で毎日渡った懐かしい橋です。

#13、昌平橋(11時03分)
#13昌平橋(上流から)B1103動画656.jpg
本ブログのメインテーマ「広重の名所江戸百景」の、「昌平橋聖堂神田川」の舞台となった橋です。

#14、聖橋(11時04分)
#14聖橋(上流から)B1104動画657.jpg
#13の広重の絵の題になっている「聖堂」(孔子を祀ったお堂)に通ずる橋なので名ずけられた橋。
現在、橋の上流部分で、なにやらいろいろ工事がされていました。
 船は、聖橋の上流で、Uターンし、復路を引き返して行きます。
(続く)

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