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新型車両(銀座線)をキャッチ(4月11日) [ニュース]

2012/04/11(水)取材
2012/04/12(木)アップ

4月11日、TVで、銀座線に新型車両(1000系)登場で、女優の武井咲さんが駅員の制服姿で出発式に立ち会っているところが報道されていました。
きたろうはこの時、たまたま神田にいました。
銀座線の、神田駅だと、駅の改札の外からでも、銀座線の車両が見えるので、銀座線神田駅に行きました。

新型車両は、一編成だけの導入ということなので、ここで15分限定で張り込んで、遭遇出来たらラッキーかなと思って待機していました。
ところが、5分もたたないうちに、新型車両が入線してきました。(浅草方面ホーム)

#P1230258.jpg

#P1230265.jpg
東京メトロ銀座線・神田駅、4月11日 13時18分

写真撮影は出来ましたが、不鮮明でごめんなさい。
きたろうの機材、腕ではこれが限界です。

武井咲さんのさわやかな笑顔とクリアーな新型車両の写真は、ネット上のニュースサイトでご覧ください^-^



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第20回、上野清水堂不忍ノ池(うえのきよみずどうしのばずのいけ)(春 [広重・名所江戸百景]

2012/04/08(日)取材
2012/04/12(木)アップ

名所江戸百景で、満開の桜を描いたものが、数点あります。上野の名所の清水堂も桜が満開の時期に描かれました。
今年の桜は、今日・8日(日)が満開のピークと思われましたが、午前中から所用があり、なかなか撮影に出かけられませんでした。やっと、出かけて、上野についたときは、日が傾きはじめた頃でした。

#01、広重画・上野清水(きよみず)堂不忍ノ池(春11景)
#01広重・上野清水堂・ブログ用.jpg
これが、約150年前に描かれた、上野・清水堂です。満開の桜と不忍池が描かれています。清水堂の下の道の傍らに、ぐるっと円を描いた、奇妙な枝ぶりの松の木が描かれています。この木は、広重がお気にいりだったようで、名所江戸百景のなかで、清水堂の他に、「上野山内月のまつ」としても描かれています。(本ブログでは第2回として、2009年10月26日にアップしています)

#02、現在の上野清水堂
#02上野清水堂①゙626.jpg
広重のアングルとほぼ同じアングルで撮った現在の清水堂です。満開と日曜が重なったので、大変な人出でした。
この写真は、一脚を利用して、3m程の高さからの俯瞰撮影をしたものです。
この視点からだと、清水堂の手前に丁度桜の木(八重紅枝垂桜)があって、清水堂が良く見えません。

#03、清水堂
#04上野清水堂③643.jpg
やや、清水堂で接近して撮影した写真です。この、写真の左隅
所が、清水堂の崖下の道に降りる階段の降口です。広重の絵では画面下部中央やや左寄りに描かれています。
花見客は、老若男女様々な年齢層の方でごったがえしていました。また、外国の方もたくさんいらっしゃいました。

#04、清水堂舞台
#05上野清水堂④647.jpg
このお堂は、京都の清水寺を模して建てられたので、清水寺と同じように舞台があります。この、舞台を一脚を利用して撮影しました。この画面ではわかりませんが、一脚を持っているきたろうの周囲は、記念写真を撮影する人で満員電車並みの混雑です。
舞台越しに桜も見えますが、逆光で露出オーバーになりました。
ここで、人文社の「大江戸名所百景散歩(堀晃明著)」の上野清水堂の解説文をそのまま転載いたします。


名所江戸百景の内春11景 上野清水堂不忍ノ池 安政3年(1856)4月   「広重の大江戸名所百景散歩・堀晃明著」(人文社1996年4月1日発行)より  上野の山は、江戸一番の桜の名所であった。ここは徳川家の菩提寺である寛永寺の開基であった天海僧正が、大和(奈良)の吉野山と同じように桜見物が出来る場所にしようと、咲く時期を異にする吉野桜、山桜、ハ重桜などを山内に工夫して植えたので、2月末から3月中頃まで桜の花が絶えることがなかった場所である。  上野の山は、桜の時期だけ入口の黒門を開き、庶民の入山を許した。都心に近く、広大な土地で桜見が出来た点では、江戸市民にとって最適な桜見の場所であった。  長屋の住民までも大家に連れられて出かけている(落語「長屋の花見」)。しかし山内には寛末寺があって規則が厳しく、見物人は一応飲酒は許されたが、魚を食べたり、三味線を弾いたり、太鼓を叩いたりして騒ぐことは許されなかった。そのうえ夕方暮れ六ツ(6時)になると入口が閉じられ、山外に退出しなければならなかった。こうした堅苦しさを嫌った若い男女は、隅田川大堤や飛鳥山の方を好んで出かけたので、ここの見物人は老人や女性達が多かったという。  上野の清水(観音)堂は、京都の清水寺を模倣して舞台の上に建てられていた。この舞台からは不忍池、中島弁財天、さらには本郷台地の大名屋敷町を一望することが出来た。また、堂の下の路傍には奇妙な枝振りをした松の木があって見物人の目を惹いていた。広重はこの松を拡大した絵をもう一枚描いている。


#06、清水堂舞台上(北側から撮影)
#06上野清水堂⑤663.jpg

#07、階段上から不忍池方向を望む
#07上野の桜655.jpg
広重の絵では、不忍池が描かれていますが、現在は、桜の木やその他の木の陰になって、見えません。

#08、下の道から見た清水堂
#08上野清水堂(崖下から)686.jpg
舞台になっている様子が、良く分かります。
もう、陽はかげって、屋根のとこにしか陽があたっていません。

#09、南東側から見た清水堂
#09上野清水堂(南東から)677.jpg
公園内の照明に、灯が入りました。この時間帯は、昼の花見を終えて帰る人と夜桜を見に来る人が行きかって、大混雑です。また、公園内の通行上の注意を呼び掛けるスピーカーの音が鳴り響いていました。

#10、奇妙な枝ぶりの木
#10上野公園内奇妙な枝ぶりの木690.jpg
広重の絵に描かれた、木の枝が丸く輪を描いた枝の松の木は、明治のはじめに枯れてしまったそうです。
この枝ぶりに似た木があるかどうか、公園内のあちこちを探しました。そっくりな木はありませんでが、この枝ぶりにもっとも近い木は、公園内某所にありました。
(この木がある場所は、本ブログの「第2回、上野山内月のまつ(2009/10/26アップ)」の項を参照してください)

#11、上野公園内、上野駅方向へ向かう道
#11上野公園内駅への道700.jpg
花見を終えて駅へ向かう人々です。現在17時35分で、ぼんぼりに灯もともりました。
END

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桜開花状況/4月7日(土)鎌倉 [ニュース]

散歩会で、鎌倉に行って来ました。
丁度、桜の開花時期でしたので、今回は、桜の写真のみセレクトして紹介いたします。

#01、JR北鎌倉駅構内
#01北鎌倉駅構内177.jpg
北鎌倉駅は、ホームや出口が狭いため、電車が到着すると駅構内は大変な混雑です。桜は8分咲きか?

#02、円覚寺・境内
#02円覚寺境内189.jpg
一見、満開の様に見えますが。良く見るとつぼみの部分もあります。
8分咲きです。

#03、鎌倉駅、東西連絡通路付近
#03鎌倉駅連絡通路213.jpg
ここの桜は6~7部咲きでした。

#04、鎌倉、若宮大路の桜
#04鎌倉若宮大路217.jpg
ここは、風通しが良いせいか6分さきでした。

#05、鶴岡八幡宮境内
#05鶴岡八幡宮221.jpg
満開です

#06、鶴岡八幡宮境内
#06鶴岡八幡宮223.jpg
ここも満開ですが、葉が見えるので品種は、染井吉野ではないのかも?

#07、鶴岡八幡宮境内
#07鶴岡八幡宮251.jpg
ここも満開です。品種は染井吉野のようです。

同じ、鎌倉と言っても、場所によって若干開花度合いは異なっていましたが、平均すると8分咲きでした。
この日(4月7日)の朝、ニュースで都内は桜が満開との報道がされていました。
鎌倉は、都内に比べ、開花は1~2日遅いようです。
END
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第19回、湯しま天神坂上眺望(ゆしまてんじんさかうえちょうぼう)(冬117景) [広重・名所江戸百景]

2012/02/29(水)取材
2012/04/03(火)アップ

広重の名所江戸百景には、雪景色も数場面あります。
しかし、近年暖冬でなかなか、東京に雪は降りません。降っても、すぐに融けてしまいます。今までも、名所江戸百景の雪景色に何度か挑戦しましたが、現地に着くころには、たいてい融けてしまっていると言うのが続きました。
2月29日は、未明から雪が降っていて、チャンス到来と、撮影に出かけました。
向かった先は、湯島天神です。きたろうはJR御徒町からアプローチしました。

図#01、湯しま天神坂上眺望(広重画)(冬117景)
#01湯島天神・広重原図.jpg
安政3年(1856)4月

湯島天神はJR御徒町の西、約500mの所に在ります。地形的には、本郷台地の東端に位置します。
広重の絵で正面に二人の人物が登って来るのが見られますが、この斜面が、本郷台地の東の崖に相当します。因みに、この正面の斜面(階段)は女坂と呼称されています。絵の右下隅の階段は、斜面を東側から直登するかなり急な階段で、男坂と呼称されています。
男坂・女坂を登りきった所からの眺望はすばらしく、北西には不忍池が広がっていました。絵のタイトルは、この眺望に因んで付けられています。

#02、「湯島天神坂上眺望」の現在(パノラマ合成写真)
#02湯島天神坂上眺望panorama合成.jpg
広重の絵の視点と同じ場所(高さは大分低いが)からの現在の眺めです。現在は、周囲をビルに囲まれて、眺望はききません。
絵で見ると、階段の上(鳥居の前は)は、ちょっとした広場のように広く見えますが、実際はそれほど広くはありません。
逆に、この写真で、右隅に見える、男坂の階段は、結構ゆるく見えますが、実際の階段は広重の絵のように、かなり急な階段です。
※この写真は、パノラマ合成です。この、階段の傾斜がゆるく写っていることや、坂上の石畳が歪んで見える(実際は平らである)のは、パノラマ合成による歪みです。

#03、坂上から、西方向(境内側)を望む
#03湯島天神坂上415.jpg
この日(2月29日)は、丁度梅まつりの開催期間でしたが、今年は、梅の開花が遅れていて、梅はつぼみの状態でした。

#04、湯島天神境内から境内から東方(男坂)方向を望む
#04湯島天神坂上411.jpg
東の方向は丁度道路が東方向に伸びているので、比較的遠くまで眺められます。天気が良いと、ここから約400m東の松坂屋の本館と南館を結ぶ(空中の)連絡通路が見えます。
今日は、雪が降っていて、見えませんでした。

#05、湯島天神本社殿
#05湯島天神社殿412.jpg
こんな、雪の日にもかかわらず、お参りの善男善女は結構いました。さすが、千年以上の伝統ある神社です!

ここで、湯島天神について、本ブログのテーマの、タネ本的な人文社の「広重の大江戸名所百景散歩」の湯島天神の項の解説文を、そのまま以下に転載致します。

「広重の大江戸名所百景散歩」人文社(堀 晃明 著)1996年4月1日第1刷発行 より 湯しま天神坂上眺望(ゆしまてんじんさかうえちょうぼう)  湯島天神は湯島台地の東の突端に建っていた。この辺りの村民が、南北朝時代(1336~1392)に京都北野天満宮の分霊を勧請して祠に祀ったのがその始まりだという。  江戸時代における湯島天神は、和歌や連歌の神、芸能の神、書道の神、さらには縁結びの神として崇められ、本郷や下谷にかけての町人層の間で特別に親しまれていた。           また境内には茶店、休処、売薬屋、香具屋(こうぐや)、楊弓場、宮芝居(みやしばい)小屋などが立ち並び、門前には料理茶屋などもあって、江戸庶民の娯楽地ともなっていた。  湯島天神をとくに有名にしていたのは、富籤である。 「江戸の三富」(他は谷中感応寺・目黒不動)の一つとして、ここで毎月16日に富籤興業が行なわれた。この日は一擢千金を夢見る人々で混雑したという。  湯島天神のある台地へは、女や子供は勾配の緩やかな女坂を北から、また男は真直ぐで急な勾配の男坂を東から登った。  女坂を登り詰めた坂上から北方の景色は素晴らしく、眼下に池之端の町屋、不忍池、池の中へ突出した中島、上野の山の清水堂、寛永寺の大伽藍、さらには谷中辺りまで望むことができた。この絵はその雪景色である。また男坂の上から東方には、下谷広小路の町屋、南方には江戸湾に浮かぶ佃島の沖まで見渡すことができた。


#06~#08、平成14年5月19日撮影
#06湯島天神坂上ア.jpg
#07湯島天神坂上イ.jpg
#08湯島天神坂上ウ.jpg
10年前、同じテーマで、撮った写真です。当時は、デジカメは普及し始めの頃で、この写真はフィルムカメラで撮影したものです。
それから、この頃は、まず広重と同じ視点の場所から現在の景色を撮影するという点に興味の焦点があったため、季節は関係無しに撮っていました。そんなこともあって、これは5月に撮影しており、階段脇の梅林は青葉が茂っています。
この10年前の写真と、現在の写真を比べるとまったくと云って良いほど変わりはありません(青葉で隠れている部分は除いて)。

#09、湯島天神本社殿(平成14年5月19日撮影)
#09湯島天神社殿H140519.jpg
この時は、丁度菅原道真公・千百年大祭をおこなっていました。

#10、湯島天神境内(古写真)
#10湯島天神(古写真)B.jpg
現在は、湯島天神からの眺望は、一部(真東方向)を除いて期待できなかったので、眺望が良かった時代の古写真を、手持ち資料やその他から探しました。その結果、撮影年代は不明ですが、湯島天神境内に立つ粋筋のお姉さんの写真が見つかりました。お姉さんの丁度後方に、崖下の街並みが見下ろせるアングルで撮影されていました。
それから、湯島天神から不忍池を見下ろした写真を探しましたが、これは見つかりませんでした。やっと、ひとつだけ、明治22年建設中のニコライ堂から撮影した写真に不忍池の俯瞰写真がありました。但し、湯島天神から不忍池は約200mに対し、ニコライ堂からは1,300mと距離は異なります。

#11、建設中のニコライ堂から不忍池方向を見た写真(拡大)
#11湯島天神・不忍池遠望ブログ用.jpg
この写真は、有名な写真で、明治22年に建設中のニコライ堂の最上部から、全周360°のパノラマを撮影したものです。1月頃撮られたものと伝えられています。
※「神田まちなみ沿革図集」から転載
END

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